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死の棘

映画 死の棘

「ばかだねぇ、なにをねぼけているのさ、地獄というのはね、今おまえさんが落ち込んでいる状態なのだよ」

映像化不可能と言われた島尾敏雄の小説「死の棘」を小栗康平が監督・脚本し1990年カンヌ映画祭で審査員特別賞グランプリ受賞した二十年以上前の日本の映画です。
映画において映像化不可能という言葉ですが、ことごとく映像化されているので映像化不可能というのは誰がそう判断したのかわからない映画の謳い文句です。
そもそもこの小説は映像化不可能です。と帯に書かれた本を書店で見たことありませんし。
とはいいつつ、小説読んでいて映画化してほしいなという小説はたくさんあります。でも、読み終わった後に映像化無理だろうと思ってしまうのです。
そこから映像化不可能などという謳い文句が生まれるのかもしれません。
映画化難しいだろうなと思うほとんどは小説読んでいて感じる「間」の感情をどのように表現するんだろうということなのですが、映画監督という方々は小説の文字にない「間」の世界を映像でうまく表現します。
「死の棘」もそういう映画で小説の空気感を小説読んで感じる以上に見る人に感じさせる映画だと思います。
小説を読んでいれば、この映画は小説の言葉で描かれた世界が人物のいる背景描写と主演の松坂慶子岸部一徳の朗読のような演技で巧く表現されていることがわかります。これはとても凄いことだと思います。
僕が学生の頃に映画館で見た数少ない動きの少ない映画ですが、見た後の感情をずっと引きずる映画でした。
「死の棘」は心に残る映画です。
日本映画で名作と言われている映画は多々ありますが、この「死の棘」という映画ほどTVでの再生回数の少ない映画はないのではないかという印象があります。
ブルーレイ化はもちろんのこと一般的にDVD化(小栗康平DVDボックスの中に収録されている)もされておらず、レンタルではVHSのみという、また、民放で放送されたことがあるということも知りません。
小栗康平という監督があまり映画を撮らない監督で、一つの映画を作るときに物凄い年月をかけて構想する監督なのかもしれませんが、そういう意味からして脚本も兼ねるでしょうが、監督の作品が商品として世に出る機会も少ないです。
で、小栗康平監督のDVDボックスを数年前に買ったのですが、「死の棘」という映画の計算された寸分の狂いのない針金のような空気感はハイビジョンで見たいと思うのです。
映画で感じた印象を家庭用のDVDで感じることは難しいですが、わりと冷静に見ることができるのであの映画を今度は解釈するという意気込みで見る場合、何度も繰り返し見れるDVDは都合がいいのです。
欲を言えば大画面でハイビジョンで見たい。僕の中でそういう映画の一番が「死の棘」です。

死の棘


1990年
小栗康平 監督・脚本
島尾敏雄 原作
松坂慶子
岸部一徳
木内みどり
ストーリーは夫の浮気を責め立てる妻の映画です。
なんの説明もないまま夫をなじる場面から映画は始まります。
それが延々と続きます。
二人の間には戦時中、特攻でいつ死ぬかもしれないという状況の中で出会い、いよいよ特攻命令が下され、夫とともに自決して死ぬ覚悟でいた時に終戦を迎えたという極限の境遇を経験して夫婦になったという背景があります。
「けど、あたしはあなたと違って生涯かけてあなたしか知らないんですから」
「これだけははっきり言っておきます。あたしは体も心もあなたにささげつくしました、その報酬がこうだったのです。犬やネコのように捨てられたのです。」
「日記は捨てましたが、わたしは二晩徹夜して書いてあったことをぜんぶ頭の中に写し取りましたから。」
「ゆっくりかかってもいいのよ、よおく思い出して」
「だってそうでしょう、今、毎日をささえているのは夫がこれからは自分にいつわりをしめさないという期待だけなのですから、たとえどんなささいなことでもいったん約束したことをまもらないのならどうして過去のおびただしい欺瞞をゆるすことができますか」
一言一句、夫の言動すべてにおいて詳細に理路整然と問い詰めていきます。
憎しみ、不信、疑惑、葛藤、執着、嫌悪、後悔、恐怖、懺悔、この言葉の頭に「愛」という言葉がつくとサイコホラーです。
この映画はそれら恐ろしいことに二人が面と向かっているとことに単に狂気とは受け取れない正気なものがあります。
いまなら離婚という合理的な感情の整理があるのですが、当時は夫婦は添い遂げるという信仰のような価値観があるために二人は正気で心の狂気に面と向かうのです。
ですから一言でいうと見るものにとっては完全なホラーであり、ひと時も目を逸らすことができない映画になっています。
残念ながらブルーレイはないですし、見込みもなさそうなので地道にWOWOWで放送していただけるよいうにリクエスト送っています。